実行力と計画力とを併せ持ち、未来を見据えて行動した坂井鉄也
2012.08.12
松方弘樹は本シリーズ中の三本の作品に、それぞれ別の配役で登場する。
どれも重要な役で、いずれも劇中で殺されることになる。
中でも第一作で演じた坂井鉄也(鉄ちゃん)は鮮烈なイメージをぼくら観客に与えた。
今回は、坂井鉄也についてノーガキたれてみる。
最初の登場場面では、新開三上真一郎や神原川地民夫ら他の若者達と比べて特別に大物感を出しているわけではない。
山守組が旗揚げされる前のことで、土建屋の若者達の中の一人にすぎない。
暴れまわる旅のヤクザ者岩尾正隆に誰もが尻込みする中で
「なんよお、わしがいっちゃろうか」と言った広能菅原文太に対し、
「こんなん、道具、持っちょるんか…。こんなん、もしやってくれるんなら、これ持ってけや」と拳銃を差し出したことから、唯一、拳銃を所持しているのが坂井だということがわかる。
つまり、ヤクザ者でもないのに、拳銃を普通に所持している若者だった、というわけだ。
広能が賭場で上田伊吹吾郎ともめて、指を詰めることになる一連の経緯の中で、坂井は重要なセリフを吐いている。
「オヤジの尻のこまいのはわかっとったが、考え過ぎよぉ…」
何気ないセリフであり、何度もこの映画を観た者であるほど見落としがちな場面。
実は、山守金子信雄の正体について、最初に言及したのは坂井だったのだ。
このシーン以前には、誰も山守のことを悪く言っておらず、観ている観客のぼくらも山守のことをよくわかっていない。
鉄ちゃんだけが、気づいていた。鉄ちゃんには先見の明があった。
大久保に紹介された市会議員、中原中村錦司の頼みで、敵対する金丸議員高野真二を拉致することの先頭に立ったのも坂井だ。
「わしゃ、やってもいい思うちょるが」と言った広能に対して、
「こんなん、土居の若杉と盃しとろうが」と広能を止め、自分が動くことにする。
私(管理人)が印象的だったのが、コトが無事に終わり、山守と電話するシーン。
「アイ、ワカリマシタ」
こんな表情で、こんな声の坂井は、この場面だけ。
旅から戻った坂井は若頭となって、イケイケの山守組のナンバー2になる。
組の内部を統率し、警察の目も気にしなければならない立場の若頭だ。
この時点で新開と矢野曽根晴美が坂井のことを「兄貴」と呼んでいる。
頭(カシラ)、つまり山守の子分の中では長男的存在なので、このこと自体は不思議でも何でもないが、ここまで山守子分の誰からも兄貴なんて呼ばれてないのだ。
想像するに、実は、山守組創設の時期から、坂井は一歩、抜きん出た存在だったのではないか。
はっきりと明言はされてないものの、若頭的立場を与えられていたのではないか。
山守組発足時の親子盃の場面では、山守の隣りの席に座っていたことからもそうと伺い知れる。
坂井が旅に出ていた間に起こった土居の襲撃事件の前に、姐さん山守利香木村俊恵は
「坂井の鉄ちゃんはおらんし、一人で土居やれる言うたら…」のセリフを吐いている。
肝心の坂井がいないのだから、昌ちゃん、やってね、って感じ。
坂井のセリフの中で最も有名なのは、たぶんこれ。
「おやじさん、言うとったるがのぉ、あんたぁ、初めっから、わしらが担いどる神輿じゃないの…。
神輿が勝手に歩ける言うんなら、歩いてみいや、おぅ」
とても親分に対しての言葉とは思えない。
山守の老獪さは周知の事実だが、実の所、鉄ちゃんにも山守を利用していた面があった。
だが、組を大きくして、自分らがやりたいことをやりたいようにするための、様々な(若頭としての)取り組みの一つ一つは誰もが納得してしまう内容のようにも思える。
そんな坂井の行動力だからこそ、反発する勢力が出てくるのも至極当然の結果だ。
新開、有田渡瀬恒彦一派との戦いは、坂井の圧倒的勝利に終わる。
戦闘力が半端ないのである。
散髪屋で有田に殺された上田と坂井との関係を振り返ってみよう。
大久保憲一内田朝雄の口利きで山守組の客分となった上田のことを、坂井は当初、
「上田みとうな者と一緒じゃ、土居にタチウチ出来ゃせんですよ」と、その存在をかなり嫌っていたように思える。
愚連隊アガリの上田は狂犬みたいな男で、腕っぷしは強いが、頭は悪い(たぶん)。
何事にも、きちんとしたスジを通したい、もしくはそれなりの理由や根拠を大切にしたい坂井の性格とは相容れないキャラクターの筈。
それがいつのまにか、きっちりと自分の味方に付けているコミュニケーション能力は大したものだと思う。
「若頭の決めた事にケチ付けるんなら、ワシが相手になっちゃろうか」
坂井に反目する新開と矢野に対しての上田の弁だが、ここまで上田に言わせている。
因みに、新開&矢野と坂井の関係では、坂井が兄貴分ではあるが、上田と坂井とは五分の兄弟分のようだ。
死んだ山方の女渚まゆみとどういう経緯でそういう関係になったのか不明で、ずっと気になっていたが、ある場面にそのヒントがあった。
神輿云々のセリフの後に、有田に破門状を出すことを山守に告げるシーンで、
「殺された山方の女から聞いたんじゃが、…」と言っている。
山方が死んだ後に、山方が何を調べていたかを女から聞く中でのやり取りをきっかけにして、男と女の関係になったのだろう。
第一作のクライマックスは坂井を中心に話が進む。
名セリフのオンパレードだ。
「昌三にワシ、ヤれぇ言うたそうじゃのぉ、ヤれるもんなら、ヤってみいや」
「どうしてなら?」
「こんなんの考えとるこたぁ、理想よ。夢みとうなもんじゃ」
「山守の下におって、仁義もクソもあるかい」
「こんなが上におって、わしが下におってもええのよ」
「聞けにゃぁ、こんなを、ヤるしかないがの」
「昌三、わしら、どこで道、間違えたんかの」
自分の命を取りにきた広能とのやり取りの中には、後に続くシリーズ全体のストーリーを暗示するような言葉がいくつか見える。
坂井のポリシーは「山守さえいなけりゃどうでもいい、とにかく山守が悪い」に尽きると思うが、これは第三作代理戦争において武田小林旭に対する広能の考えそのものだ。
この時の広能に、坂井の亡霊が乗り移ったかのようにも思えた。
しかし真実はと言うと、広能が何年もかかってわかったことを、坂井は既に気付いていた、ということだろう。
松方弘樹は仁義なき戦いシリーズの後に、東映の看板を背負う大俳優になっていく。
第四作頂上作戦と第五作完結篇で演じたキャラクターも、かなりクセの強いものだった。
それらについても、いずれ、ノーガキたれたい。