映画の原作および映画化の契機と経緯。手記・原作・脚本、それぞれをまとめた3人の男が映画を誕生させた。

仁義なき戦いビギナーズ

原作と脚本:原作が面白かったから映画化されたんだ

ある受刑者の手記から始まった

映画の原作は週刊サンケイに連載された、飯干晃一のドキュメント「仁義なき戦い」です。

その原作の元となったのは、ある人物が獄中で書いた手記でした。

服役中に書かれた一つの手記から

網走刑務所に服役していた美能組の組長、美能幸三が手記をまとめました。
ある週刊誌に掲載された記事、広島で起こった一連の抗争事件の張本人が自分であると決めつけられた内容を読んで、その反論としてです。

美能幸三のまとめた手記が人づてでいくつかの出版社に持ち込まれ、週刊サンケイがそれを連載するにあたり、飯干晃一をその編纂者・解説者とすることにしました。
連載の内容は、手記そのものでなく、その手記を飯干晃一が読み砕き、解説した内容になっています。 「仁義なき戦い」という題目は、連載時に付けられたものです。

内容のあまりのストレートさ(組織も当事者もすべて実名)と過激さに、連載当初から大きな反響を呼びました。 1970年のことです。

この連載は後に仁義なき戦い 広島やくざ・流血20年の記録として書籍化されました。 現在では2分冊に文庫化されています。

映画化にあたって

当時、ヤクザ映画を看板にしていた東映が映画化することが、かなり早い時期に決まりました。 週刊誌の連載開始時に既に決まっていた(あるいは話が進められていた)のかもしれません。

映画の脚本を担当することになった笠原和夫は、美能幸三本人も含め、さまざまな取材、インタビューを行いました。 その取材の大変さは想像にあまりあります。
彼の綿密な取材によって構成された物語こそが、この映画シリーズの一番の柱であるのは誰もが認めるところです。

シリーズ五部作のすべてに「原作 飯干晃一」とクレジットされているのは、題材となった事件に関連する当事者への対策です。 映画中のストーリー、エピソード、その視点(立ち位置)やセリフは、笠原和夫が(取材の上で)構築し直しました。

彼はシリーズ第一作から第四作「頂上作戦」までのシナリオを担当します。 そのシナリオ作りの裏側を知ることができる膨大な記録「仁義なき戦い」調査・取材録集成は、コアなファンなら必携・必読の書です。 このサイトをご覧の仁義なきビギナーズの方は、映画本編を見終わった後で読むと感激倍増、間違いなしです。

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